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別荘は買わない

つもりです・・・が先のことは誰にもわかりません。

豊臣政権の崩壊は、実は伏見地震が引き金

1707年の富士山噴火。

宝永地震が招いたと言われています。

それから約300年が経過していますが、

富士山噴火の影響ははかりしれません。

歴史に学ぶ価値が十分あります。

 

 

天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災 (中公新書)

 

 

地震は大地だけでなく政治も動かす。教科書にはない真実を書いておく。豊臣政権の崩壊は、実は伏見地震が引き金になっている。地震のせいだけではないが、地震後のかじ取りのまずさで豊臣家は滅亡した。◇◇地震時、豊臣政権下の大名たちは朝鮮出兵で疲れ、困窮して、不満を募らせていた。◇◇先手を打って秀次とその妻子側近をまるごと処刑。それで家族を殺された大名が続出。多くの大名たちが朝鮮出兵の不満とあいまって、秀吉・三成に怨みの目を向けた。そこへ伏見地震がきた。ところが、秀吉は地震で崩れた自分の居城=伏見城をもっと豪華に再建せよ、同時に、朝鮮に再度攻め込めと命じた。◇◇豊臣から徳川へ人心が移り始めたきっかけは地震であった。地震後、せっかく明との講和がまとまりかけたのに朝鮮に再出兵すると言い出した秀吉に人々はあきれた。◇◇地震で完全に政治の潮目が変わった。

 

そういえばブラタモリ伏見城の時に地震の話がでていましたね。

 

 

 

歴史的に見ると、南海トラフの巨大地震には超巨大地震と巨大地震がある。32万人が死亡するといった最悪の被害想定を現実にする超巨大地震になる確率は研究者間でも様々な議論があって、はっきりしていない。1000年に一回かもしれない、500年に一回かもしれない。わかっているのは、①南海トラフ地震は約100年の周期で発生。②同時もしくは数年内に遠州灘から四国沖まで連動するのが普通。③古文書の記録によれば90年間より短い周期でおきたことは歴史上確認できない。④歴史記録のしっかりしている南北朝時代以降で観察すると150年の間におきなかったことは一度もない。◇◇最近南海トラフが動いたのは1944年(昭和東南海地震)と1946年(昭和南海地震)である。約70年が経とうとしている。③の南海トラフは90年以内に2回おきたことはないという歴史的経験からすれば我々には20年ちょっとの地震猶予期間が与えられているのかもしれないが、相手は地球である。