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別荘は買わない

つもりです・・・が先のことは誰にもわかりません。

反ユダヤ思想の原点

ユダヤ人は世界の各フィールドで異彩を放っています。

こと音楽に関しては、

ユダヤ人を抜きにしては語れないほどの存在感を示しています。

 

ユダヤ人とクラシック音楽 (光文社新書)

ユダヤ人とクラシック音楽 (光文社新書)

 

 

ライプツィヒ大学で哲学を学んだワーグナーは、音楽創作のみならず「ベートーヴェン---第九交響曲とドイツ音楽の精神」や「宗教と芸術」といった芸術論的な著作も発表した。その根本にあるのは強いドイツへの渇望、そして反ユダヤ主義である。
ワーグナーは「楽劇」では注意深くユダヤ人を登場させなかったものの(明らかにユダヤ人を揶揄する表現が散見されるが・・・)著書では露骨な攻撃を試みている。
「宗教と芸術」ではユダヤ人開放政策を非難し、アーリア人種の純粋さを保つことの重要さを説いた。前述の「音楽におけるユダヤ性」(初版ではペンネームを使用した)では、ジャコモ・マイアベーアやフェリックス・メンデルスゾーンといったユダヤ人作曲家は真の芸術を生み出すことができないと切り捨てている。ともに銀行家の父親を持ち、経済的に裕福だった環境が許せなかったようである。
中世ヨーロッパではユダヤ人を一定の居住地域(ゲットー)に隔離していたが、フランス革命(1789年)以降、ナポレオン・ボナパルトがユダヤ人及びゲットーを解放した。具体的には1791年、フランス国民議会がユダヤ人に対する自由平等に基づく市民権を与える決議を採択したのだ。19世紀に入ると各地でもユダヤ人解放が実行された(しかしヨーロッパ各国の代表が集って1814~1815年に開かれたウィーン会議では、再びユダヤ人の自由を制限する採択が成されている)。
ワーグナーが非難したというユダヤ人解放政策とはこのことで、かつては軽蔑の対象だったユダヤ人たちが経済的な分野で頭角を現し、ドイツ国内でキリスト教に改宗することもなく(自分たちのユダヤ教の教義を守ったままで)、みるみる力をつけ始またことに対するドイツ人の不満と苛立ちをワーグナーが象徴的に代弁しているのである。加えて、音楽家のワーグナーにとって我慢できなかったのはマイアベーアメンデルスゾーンの作った音楽が大衆の人気を得ていたことだ。
ワーグナーは「音楽におけるユダヤ性」の冒頭で「新奇な説を唱えることではなく、無意識ながら民衆の内に浸透している心底からの反ユダヤ感情を明らかにすることである。」と記し、「ここでの狙いは今なお根強い国民的なユダヤ嫌いの原因を、もっぱら芸術、それも、とくに音楽との関連において究明することにある」と続けている。そしてついに、巻末でこう宣言する。「しかし考えてみるがいい、君たちにのしかかった呪いから救済される方法が一つだけある。さまよえるユダヤ人の救済、それは滅亡だ!」これに共鳴したのが、ワーグナーの死後、約半世紀のちにドイツ宰相の座に就いたアドルフ・ヒトラーである。