込み入った状況や複雑な気持ちをピッタリ言い表す
知っていると思っていても
なかなか使いこなせないんですよねえ。
まあ、本当に知っているのかと言われると、
実はよく知らないということが
この本でわかりました。
起承転結
大阪本町(ほんまち)糸屋の娘、姉は十六妹は十四、諸国大名弓矢で殺す、糸屋の娘は目で殺す
危機一髪
国語の先生の曰く「髪の毛一本分しか隙間が無いということだ。危険がそんなぎりぎりの間近まで迫っている。間一髪もそうだぞ。間、髪を入れず、も一緒に覚えておけ」
鶏鳴狗盗
そんな鶏鳴(鳥の鳴きまねにすぐれた者)だの狗盗(犬のように盗みがうまい者)だのというくだらない技能も役に立つことがあったのである。そんな者たちにただメシを食わせて養っていた孟嘗君は偉いということになっている。
自家撞着
どういう連想か、この四字熟語を目にすると、私にはいつも「頭山」(あたまやま)と言う落語が浮かんでくる。自分の頭にできた池に身を投げる男の話であるが、矛盾がかくもシュールに乗り越えられるなら、世の中に悩みは無い。
花鳥風月
「雪月花」と言えば宝塚歌劇団のようだが、日本の美の根幹である。また、雪見酒・月見酒・花見酒と、いずれも酒を飲むにふさわしい、季節ごとの良い景物である。と言いながら、夏が欠けているのはなぜだろう。
冬は陰、特に冬至と言うのは文字通り冬の窮極点で、これ以上の陰気は無いという行き止まり。世界がこのまま永遠に凍結してしまわないかぎりは、ここから陽気が盛り返すより手は無いのである。冬至は一陽来復の転換点である。春ではなくて、春のかすかな兆し。それがうれしい。困難・苦労・辛抱はここまで、これから運が向いてくるよ、というのである。
玩物喪志
本に限らず物に執着すると肝腎の志を失う。趣味に熱中する、骨董品に入れ込む。寝ても覚めても思うのはそのことばかり。志の入り込む余地なんぞなくなってしまう。できるだけ早い段階で物などは潔く処分してしまうに如くはない。「人を玩べば徳を失い、物を玩べば志を喪う」、書経の言葉である。