読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

別荘は買わない

つもりです・・・が先のことは誰にもわかりません。

「あなたは正しい」と言われたら「うん」と一瞬「間」が生じる

再読です。

前回はコチラ

板をすっと差し入れる - 別荘は買わない

私のような間の取り方を知らない人間には、大変勉強になります。

シンプルにさらっと述べていますが、実に奥深い。

さすがです。

 

間抜けの構造 (新潮新書)

間抜けの構造 (新潮新書)

 

 

「KY(空気が読めない)」なんて言葉が流行っているけど、「言わなきゃいいことを、言っちゃうやつ」というのはたいてい間抜けだから。「そういう状況の時は、黙ってありがたく従う」というお約束が守れない。

 

やってみて思ったけど、落語は難しい。「間」がわかんなくて参っちゃった。一度でも相方のいる漫才をやっちゃうと、もう落語はできない。一人で登場人物を分けて話す。それを「上・下(かみ・しも)をつける」なんて言うけど、あれができない。相方がいりゃどっち向いて話をしたっていいんだけど、落語の場合はどうしても「こいつは上と下、どっちを向いて話すんだっけな」ということが気になって気になってしょうがないんだ。

 

客席が「ザワザワッ」となっているところで、「いや、しかし」なんて言ったら、客が「うん?何だ何だ」となって静まっちゃう。だから、笑いが起こっている途中ではしゃべらない、という鉄則がある。客がせっかく笑っているのに続けて喋ってしまうと、客も「アハハ、えっ、何?」と笑いが止まっちゃう。笑いを最大限引き出すためには、客の呼吸が「アハハハハ、アハハ、アハ、ハア、ハッ」となる所まで待って、次の話をしないと笑いを止めることになる。

 

高座と言うのは、よくできている。もともとが、お寺でお坊さんが説法するところだったわけだろう。お坊さんのありがたい話を聞かせるための舞台装置として、文字通り一段高くした。それを寄席でも採用したんだ。寄席よりちょっと高くして、演者の目線を上にする。お笑いのほうに下駄をはかせて、初めて「お笑い」と「お客さん」が五分になる。金を払っているお客よりも演者上にするんだけど、そこが面白い。

 

「いや違うよ、あんた」で入ると、言われた人は即座に「何言ってんだ!」と反応するだろう。それが「あなたは正しい」と言われたら「うん」と一瞬「間」が生じる。でもすぐに「だけどさ」って違う話に持ってゆく。川の流れに似ているね。川の流れを誘導したに時に大きい岩を置いて堰き止めちゃう奴が、「いや」「でも」とか否定で入るやつ。でも議論にうまく割って入るときは堰き止めちゃいけない。