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別荘は買わない

つもりです・・・が先のことは誰にもわかりません。

農家を守らない農協

過激で辛辣な主張が続きますが、

そのおかげで農協の実体がよくわかります。

食生活の根幹である農業の制度を考えることは

日本の将来を考えることに通じると思います。

 

農協との「30年戦争」 (文春新書)

農協との「30年戦争」 (文春新書)

 

 

私はこれまで30年にわたり、農協と戦い続けてきた。その根底には「農家を守らない農協」「無能な農協職員が繁栄するための農業」といった問題意識があった。 

 

農協は、補助金を使って、出荷場や機械設備などを増強してきた。しかし、ここ渥美半島においては、例えば、農協のキャベツの集荷能力は地域の生産量の五割前後と言われている。逆に言えば、半分は民間業者に流れている。民間業者には補助金がないのにもかかわら農家は農協よりも取引条件が良いため、民間業者に出荷する事態となっているのだ。また、農協は農業機械を販売・整備する拠点を補助金を使って建設しているが、販売価格は民間の農機メーカーのほうが安い場合が多い。修理技術は民間のほうがはるかに高いのに、である。いかに補助金が農家のためではなく,農協という組織維持のために使われてきたかがよくわかる。農協は、これまで、農家のためという「大義名分」のもと、補助金をむさぼってきたのである。

 

「販売価格は民間の農機メーカーのほうが安い場合が多い」ということでは、何のための補助金かと思います。補助金(我々の税金)の使い道の問題です。アフリカに援助支援しているのの、末端の人々に届かないケース、の話に似ているような気がします。

 

農協はサラリーマンの農協職員や理事が食っていけさえすればよい組織になり下がり、そのために農民から巧妙に「収奪」する装置でもあった。その存在自体が時代劇に出てくる「悪代官」そのものであった。

農業は政治に翻弄され、農協に収奪されているということですね。