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別荘は買わない

つもりです・・・が先のことは誰にもわかりません。

憲法に向き合う

憲法に向き合ったことは

ほとんどありませんでした。

常識の範囲で考えようと思っていたからです。

良い機会になりました。

 

憲法への招待 (岩波新書)

憲法への招待 (岩波新書)

 

 

したがって、人権の私人間効力では、憲法に根拠がある両当事者の権利・自由の対抗関係が実質的に問題となっています。例えば会社の本採用拒否のケースでは、拒否された人には思想・良心によって差別されない権利があるのに対して、会社には誰を雇うかについの契約の自由があります。両方とも憲法上の権利です。会社が主張する権利・自由によって、社員の個の権利・自由が、縮小されるという構造になっています。

 

「平等」を「みんな同じに」と言う意味でとらえることがあります。しかし、個人は、外形・性別・性格・価値観・体力・能力・年齢が違うのはもちろんのこと、生まれ育った環境などの影響を受けて、多種多様です。「同じに」ということは、現実に存在する各個人の個性や相違を無視する要求にもなり得ますから、価値観や能力などの多様性を尊重する「個人の尊厳」を侵害する恐れもあります。ですから、平等の問題は、何について「みんな同じに」するかということになります。

 

これに対して、靖国神社は、明らかに一宗教団体が運営する宗教施設です。そこに神道の礼法のっとって参拝することは紛れもなく宗教的活動です。逆にこれを宗教的活動でないということ自体、神社の存在意義そのものを否定することになるでしょう。しかも、政府の要職にある人が参拝することは、この神社を特別扱いする印象を国民に与えるのは明らかです。玉串料の支出を違憲とした最高裁判決に照らし、憲法で定められた政教分離原則に反する、違憲の行為と言わざるをえません。