読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

別荘は買わない

つもりです・・・が先のことは誰にもわかりません。

私たちは「設計情報」を買っている

再読です。

ここ数年で読んだ中では最高に衝撃的な本ではないかと思い始めています。

前回はコチラ

なぜ日本の電機・半導体・通信・ITは完敗してしまったのか - 別荘は買わない

 

 

工学でいうプロダクト・モデルのことを、経営学の分野では、ザックリ「設計情報」と呼んでいる。経営学によると、「ものつくり」とは、「設計情報を媒体に転写して実体を作る」というイメージだという。例えば設計情報をガラスという素材(媒体)に転写してシャンパングラスという実体をつくる。

 

結局、私たちはモノ(実体)を買っているように見えて、実際は設計情報を買っているのである。商品価値は設計情報に埋め込まれている。研究開発の成果もデザイン(意匠)も作り方も、その情報には含まれている。現在ものつくりの本質とは、設計情報を作ることなのである。グローバル製造業の多くは生産準備(工程設計・量産試作)までは本社で行い、量産はコスト的に有利な地域か、買い手の住む地域で行っている。

 

目的を達成するためには、まずは、組み合わせる対象の知識を広げる能力が必須になる。「知識を獲得する力」の強さがタレントの必要条件なのである。この「知識を獲得する力」のこと「地頭」(じあたま)という人もいる。単なる「もの知り」が仕事で役に立たないのは、誰もが知っている。知りたければ最近はグーグルで検索すれば用が足りる。もちろん知識は必要だが、優れたタレントは、単なる物知りやウォーキング・ディレクショナリー・タイプの人達ではない。記憶と再生が上手にできるだけの人でもない。優れたタレントの仕事は、必要な知識を獲得し、あらゆる階層の知識を総動員し、組み合わせ、目的を達成するようないイメージである。それが結果的に新しい知識を生むことでもある。「地頭の良い人」が新卒採用でも中途採用でも重宝されるのはそのためである。

 

「経営のプロ」が社長になると、肝心のXの部分をリストラしてしまうことがある。自分で自分の心臓を切って捨ててしまうようなものなのだが、経営のプロの知的能力ではXのプロセスとそれを担うタレントについて、評価能力を持っていないからである。つまり先に説明したタレントAさんに対して、評価能力のないBさんが上司になる現象が起きる。「経営のプロ」の中には、研究開発や製品開発の費用を削減して単年度の利益を上げ、自分の業績として、三年後くらいに売れる商品がなくなった頃に他社に転職していく人もいる。彼らはある意味でプロフェッショナルだが、そうした人たちを雇いたい会社は今さらあるのだろうか?

 

日本マクドナルドやベネッセの社長を渡り歩いている人のことかな?