別荘は買わない

つもりです・・・が先のことは誰にもわかりません。

独りで立ち食い蕎麦

 

閉じる幸せ (岩波新書)

閉じる幸せ (岩波新書)

 

 

旅行に行って同じ町に二泊以上するときには、毎日ホテルを替えます。
「あなたと一緒に旅行すると、効率的に動くから色んなところを見せてもらえるけれど、私はもっとゆったりした旅行のほうがいいわ。あなたは先にばかり行こうとしていて、何だか落ち着かないんだもの」元気なころの母の言葉です。

 

そうか、世の中には風景に涙を流す人がいるんだ。
たしかに美しい光景でしたが、滂沱の涙を流すほどではないと思っている私がいました。この雨に、涙を流すほど何か特別な物語があるのだろうか。彼女に尋ねたところ、「ただ、雨が美しくて感動しただけ」という答えでした。

美しいモスクも毎日見ていればそんなものだろうと思うような気がします。無味乾燥な人間なのかもしれませんが、市場に集まってくる町の人たちの表情や行動を見ている方が、私はずっと感動するのです。
羊の肉をさばく男。スイカを頬張る子供。怪しげな土産物を売ろうとする人・・・。今同じ地球に共に生きている人たち。喜びもあるだろうし、私の想像を超える苦しみや悲しみを背負っているかもしれない。それでもみんな生きている。「この人たちとはもう二度と会うことはないだろうな」そう考えただけで、その時間がとても愛おしく思えてきます。

私は自然の風景も人ゴミの雑踏も好きです。

感動に至ることはまれですが。

 

つい最近まで、独りでいることが苦手だと思っていました。高校時代に初めてそう自覚し、以来、大人になってからもずっと、独りが嫌でした。独りでいるくらいなら、嫌いな人とでもいいから、誰かと一緒にいる方を選ぶ。外で独りきりで食事をするくらいなら、食べないほうがマシ。空腹を我慢して家に帰ってきたことも数知れません。
◇◇
ある時、経営者の女友達が、面白い話を聞かせてくれました。
「いつまでもみんなに囲まれてちやほやされているとは思えないから、これからは全部自分でやろうと決めて、手始めに独りで食事ができるように訓練することにしたの。で、独りで食事するのに最も苦手そうな場所はどこかと考えたら、立ち食い蕎麦屋さんだと思ったの。独りで立ち食い蕎麦が食べられるようになったら、どこでも大丈夫だと思って」
◇◇
彼女はこうつづけます。「それでね、家の近くから徐々にトライしてみたのよ。これが結構大変で、近所に知り合いがいるわけでもないのに、やっぱり人目がきになるのよね。で、少し離れた町から始めたの。段々平気になっていって、最後に会社のすぐ近くのお店に入れたときは、もうどこに行っても大丈夫だと思ったわ」

 

女性が独りで立ち食い蕎麦屋さんに入る意識のハードルは、

男性が思っているより結構高いのですね。